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2012年は、1982年10月2日に映画「野獣刑事」が公開されてから30年、という記念すべき年にあたります。
今年はこのことについて、当ブログでも大いに祝賀し、そして発信していきたいと思います。
撮影当時の様子は、月刊イメージフォーラムでの成田祐介助監督(当時)のレポートからも窺い知ることができますが、折しも30年前の今日の日付から、そのレポートは始まっています。
1月14日(木)
前年暮に撮了したテレフィーチャー『火曜サスペンス劇場・死の断崖』のFDB。年が明けて早速、京都にて〝土曜ワイド″の撮影準備にかかっている多忙の工藤栄一監督を迎えてDBは超快調に進み、夕刻定時頃には、ラストロールのOK。その日のうちに京都に帰らなければならぬ監督、別れ際に、
「お前ら、どうせ次の仕事、決まってないんだろう。来月からスケジュール開けておいてくれ。後で連絡するから」と、言い残すと風の様に去っていった。月末になって監督から入った連絡は次のようなものであった。
○東映京都撮影所作品の本編で現代劇。
○京撮が初めて試みるオールロケーションの作品。
○スタッフ編成は、東京・京都の混成スタッフ。すなわち、撮影部、照明部、それと演出3、進行1を東京から、その他を京撮スタッフでというもの。ここでいう東京スタッフとはもちろん、東撮のスタッフではなく、東映セントラルで活躍しているフリーランスのスタッフ諸兄である。つまり監督の指名によるものが大部分をしめる。丁度、従兄の結婚式とかで京都よりもどってきた撮影の仙元さんから手渡された準備稿を前に、ウーム。
東映京都撮影所は、ある意味でかつての日本映画の牙城である。撮影所が撮影所の機能をなさなくなってから、随分と永い年月を経過してきている。それは映画産業全体の不振と相乗作用をなしているのであろう。映画という夢を造る夢工場は現在、テレビ映画のレギュラー、PR、CFetcにその機能維持の為、依存している部分が大半である。京撮は、映画村という新産業に助けられているとはいえ、日本で唯一、夢工場としての機能を全うしている撮影所である。それ故、古くから映画に携ってきたスタッフも多く、それなりの自負を持っている。日本映画黄金時代に比して、製作本数は極端に少なくなってはいるが、京撮作品というものに対する自信とプライドはかなりのものであろう。果たしてその自社作品製作に、外部からのスタッフ導入を京撮スタッフ、会社、内部諸々の組合等、快く受け入れてくれるのであろうか。そして、京都人は -。おそらく永い東映京都撮影所の歴史のなかでも、この混成スタッフ編成の本編製作は初の試みであろうし、これを後退とみるものもいるだろうし、又、新しい試みとして評価する者もいるだろう。京都という伝統的ではあるが閉鎖的性格を兼ねそなえた状況下で、果たしてうまくまとめあげていけるだろうか。もちろん、このスタイルの必殺仕掛人である工藤監督の苦労は大変なものであったに違いないだろうが、その期待に、自分を含む東京からの外人部隊が見事、答えられるだろうか。あれこれ、想いを巡らし、期待と不安の入り交った心境のなか、それでも気分は〝鉄砲玉″の感を抱きつつあったのは、おそらく自分ひとりでなかったろうと思う。
1月末の時点で、京都×東京の混成スタッフ体制は決まったようで、
そこに向けての東京側のメンバー確保がこの頃行われていたようです。
シナリオは1981年6月17日の深川通り魔殺人事件の頃には脱稿していたという話ですので、その後寝かされていた企画が具体的にいつ頃ゴーになったのかは判りませんが、企画を受けた工藤監督はそれを混成スタッフでやることを思いつき、すでに動いていたということなのでしょう。
※ 次回は2月1日の予定です。
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「今年の聖地巡礼のアップは今年のうちに」シリーズ第6弾。
シャブ中全開で、
罪のない市民を射殺しながら
盗難車両(クジラクラウンのカスタムバン)を乗り回す
泉谷しげる(←役者さんの名前です)を
パトカー(これもクジラクラウン)が追いますが、
白昼堂々、見事に横転します。
この場所について、
▼月刊イメージフォーラムでの成田祐介助監督(当時)のレポートでは、
「森ノ宮公園入口」としており、撮影の様子を以下のように記述しています。
これも例によって信号のタイミング、僅か15秒の微妙な間隙をぬって盗難劇用車とパトカーの競い合いそして横転。市中の真中での惨劇に一般の通行人も思わず足を止めてのぞき込む。余りに無謀に近い撮影にさぞかし製作部の肝を縮ませたことであろう。心中御察し至します。
ほとんどゲリラ撮影だったようです。
また、
▼先日の「ザ・グリソムギャング」でのイベントでの
仙元誠三撮影監督の証言では、
「大阪城の左側?の工事中の場所」(聞き間違いだったらすみません)とされていました。
国立国会図書館で当時の地図(大阪市東区・1981年版)の大阪城周辺を
しらみ潰しに見ていたところ、森ノ宮駅前交差点と特定することができました。
当時の地図は以下の通りです。
決め手は、▼画面から読み取れる「●●ショウ株式会社(実際はナカショウ株式会社)」「麻雀」「アポロ」の文字、▼出光石油のガソリンスタンドの看板、▼パチンコ屋などでした。
(ちなみに「レモン仁丹」の看板はあくまで広告ですが、当時の森下仁丹の本社は現在よりも50メートルばかり北側、森ノ宮駅と玉造駅のちょうど間くらいにあったようです)
というわけで、2011年12月下旬に行ってみました。
「ナカショウ株式会社」の看板は変わりましたが、駅前一等地のパチンコ屋は健在です。
仙元氏の証言では「工事中」とのことでしたが、
パトカーが横転して突っ込んでくる車線を考えると、
交差点の北側が当時そうだったのかもしれません。
私の2011年の聖地巡礼はここまでです。
また来年、よいお年を。
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「今年の聖地巡礼のアップは今年のうちに」シリーズ第5弾。
囮となった恵子が田中の凶刃に倒れる高架下。
前回の聖地巡礼で撮った写真では、
現場の様子が判りづらいなあと思っていたので、
2011年12月中旬に再訪してみました。
フェンスがあって中に入ることはできませんが、恵子が刺されたのはこの場所です。
また、恵子が田中に拉致された辺りは、立体化の工事が行われるようです。
大滝が潜んでいた辺りに、新たな高架用の土台ができています。
ヘッドライトが通りすぎた後に赤い傘が転がっていたのは、突き当たりの高架下です。
立体化によってロケ地の雰囲気も多少変わるものと思われます。
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「今年の聖地巡礼のアップは今年のうちに」シリーズ第4弾。
映画「野獣刑事」は、オールロケが特徴ですが、
いくつかの場面は、東映京都撮影所の敷地内で撮られたことも
月刊イメージフォーラムでの成田祐介助監督(当時)のレポートや
先日の「ザ・グリソムギャング」でのイベントでの
仙元誠三撮影監督の証言により判っています。
たとえば、
今宮警察署内での取り調べシーンは、助監督室に鉄格子を嵌めて、外からパトランプを回したりする芸コマさで撮影されたもののようです。
他にも「所内の各設備を利用した警察内部の撮影」がされているようです。
また、
刺された恵子を背負って走る大滝刑事のカットも所内での撮影とのことです。
ということで、2011年12月中旬に東映京都撮影所に行ってみました。
が、もちろん一般人は撮影所に入ることはできません。
ネットで検索すると、ときどき見学ツアーがあるようで、
そのことを受付の方に訊いたところ、
「映画村で企画しているよ」と電話番号を教えてくれました。
で、早速、映画村に電話をかけてみましたが、
「個人での参加は難しい」とのことでした。
やっぱり難しいものですね。
いつの日か、見学ツアーがあったら、中に入ってみたいものです。
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「今年の聖地巡礼のアップは今年のうちに」シリーズ第2弾。
殺人事件の捜査本部から解任された大滝が阪上にクダを巻き、
貸金業・石川率いるヤクザたちと乱闘を繰り広げる居酒屋……
文字情報もなく、全く見当もつかずにいましたが、
先日の「ザ・グリソムギャング」でのイベントで、
仙元誠三撮影監督よりいただいた情報に基づき、
12月中旬に京都市右京区梅津に行ってまいりました。
仙元氏の情報によると
「梅津の三興線材の前にある、地下の店」とのこと。
「三興線材」は1991年に「サンコール」と社名変更をしています。
国会図書館で住宅地図を調べたところ、
当時の三興線材周辺のビルで地下にテナントを持っていたのは、
「サンコール」の正門の正面に建つ
「梅津マンション(現・セントポーリア梅津Ⅱ・2006~)」だけでした。
現在、1階には「業務スーパー」、
2階には100円ショップの「ダイソー」が入っています。(2004or2005~)
現地に赴いたところ、正面に面した地下への入り口は封鎖されていました。
簡単なバリケードですので、壊されています。
2009年12月のGoogleのストリートビューでは壊される前のバリケードが写っています。
周辺から撮影してみましたが……
なぜか布団が敷いてあったり、生活ゴミが散乱したりしていました。
使われないスペースというのはどうしてもそうなってしまうようです。
後日、国立国会図書館および京都市立右京中央図書館で再度確認したところ、
1997年から1998年を境に地下のテナントは使われなくなったようです。
タイミングとして、阪神淡路大震災(1995年)以降の検査に基づく耐震工事によって居住空間たりえなくなった……とかでしょうか、完全に憶測ですけど。
ちなみに
その直前まで地下に入っていたテナントは「食事処 活魚天国みち潮」の一軒で、1980年代中盤以降1997年まで。
その前(1980年代前半)のテナントは「中華料理 北海飯店」「スナックいちご」「喫茶パブ たんぽぽ」「麻雀クラブ 東」など複数あった模様ですが、
▼「うどん、そば(丼) 田毎」
▼「料理 寿司 梅」
……の2軒のいずれかがその業態の性質から言って、
居酒屋風のロケ地だったのではないかと推測されます。
京都が地元の仙元氏によると
「三興線材には知り合いが多く勤めていて、
撮影終了して地上に上がってきたところを取り囲まれた」
なんて、シーンの過激さとは裏腹の心温まるエピソードもあったようです。
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もう1ヶ月以上前の話ですが……、
2011年11月13日に
小田急・読売ランド前駅近くにあるシネマバー「ザ・グリソムギャング」にて、
「野獣刑事」のイベントがありましたので行ってきました。
「ザ・グリソムギャング」は21人収容のミニシアターが併設されたバーで、
さまざまな映画にまつわる企画を毎週開催しています。
今回のイベントは、
まず「野獣刑事」を上映し、
その後、脚本家の神波史男氏と撮影監督の仙元誠三氏を招いてのトークショー、
そしてバースペースでお二人を交えての懇親会を行う、というプログラムでした。
久しぶりにスクリーンで見た「野獣刑事」でしたが、
画面での情報量はDVD以上であることを再確認しました。
そして、トークショー。
「ブログには絶対に書くなよ(笑)」
という厳命がありましたので内容は書けませんが 、
神波氏は飄々と、仙元氏は笑いを誘うお話の数々で、
あっと言う間に時間が過ぎていきました。
質問コーナーではロケ地を知りたいという焦りのあまり、
舞い上がって、質問しまくり大会の「キミ輝いとるで」状態に突入、
ゲストのお二人、主催者さん、そして他のお客さんに
たいへんご迷惑をおかけしてしまいました。
この場を借りてお詫びします。
(こちらのブログの方もごめんなさい)
それでも懇親会では神波氏の隣の席をちゃっかりゲット!
訊いて訊いて訊き倒していました。(←反省の色なし)
お二人の近況ですが……
▼仙元氏は去年から映画制作現場に関わっていないとのこと。CGなど「後で」別の場所でコントロールされてしまう工程が好きではなく、「ああでもないこうでもない」と話しながら作る現場に関わりたい、とのこと。
▼神波氏は辛亥革命100年に際して、宮崎滔天を主人公にした脚本(これがすごく面白そう!)を今年の3月11日(!)の朝に完成させたけれど、その後の進展がない、とのこと。
ぜひ
神波氏の脚本にゴーサインが出て、
仙元氏が活き活きと仕事のできる現場で撮られるといいのになあ、
と思いました。
心ある映画関係者のみなさんに期待したいです。(マジで)
ちなみに「ザ・グリソムギャング」の方から聞いた話では、
映画一本をニュープリントすると30万円弱の費用がかかるようです。
来年は「野獣刑事」劇場公開から30周年……個人的にちょっと悩んでいます。
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気がつけばまるまる3ヶ月更新をほったらかしていました。
ま、チェックしてる人はいないと思いますが(笑)。
さて、
映画の冒頭に登場する通天閣。(前回の記事はこちら)
約5年ごとに更新されるというネオンですが
今年10月28日に一新されたというので、
10月の末の雨の日曜日に見てきました。
ニュースによれば、
今回のネオンは「節電」に対応してLEDになっているようです。
町中にもポスターが貼ってありました。
昼に1枚、夜にネオンの標語ごとに2枚、4方面から撮ってみました。
■東面は「HITACHI」「Inspire the Next」。時計があるのもこちらの面です。
■西面は「通天閣」「笑顔の生まれる街、大阪」。映画のオープニングで写るのはこのアングルです。
■南面は「安心と信頼の日立グループ」「日立はすべてを、地球のために。」。周辺の看板の派手さもあり、大阪というとこちらからのアングルの通天閣をよく見ると思います。
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